もんち 人生迷走中

もんちです 毎朝、その日の名言と、その日、お誕生日の有名人の紹介 などなど 日々の出来事も書きます 宜しくお願い致します

12月11日 毎日が記念日

おはようございます!

 

人生の目的は悟ることではありません。

生きるんです。

人間は動物ですから。

 

#岡本太郎

 

 

1211

 

今日は、『百円玉記念日

 

1957年のこの日、百円硬貨が発行された

 

それまでは板垣退助の肖像の紙幣だった

 

本日のお誕生日

 

加賀まりこさん、谷村新司さん、原由子さん、井出らっきょさん、保坂尚希さん、黒谷友香さん、広瀬アリスさんなどなど

 

もんち的には、デブゴンのサモ・ハン・キンポーさんのお誕生日

 

本日お誕生日の方々、おめでとうございます

㊗️㊗️㊗️㊗️㊗️

 

 

サモ・ハン・キンポー

 

洪金宝。

 

1998ハリウッド進出を機に、英名をサモ・ハンSammo Hung)と短く変更した。

 

サモ・ハンは、香港の脚本家監督の子として生まれる。

両親が共働きのため、彼は祖父母に預けられ世話されていたが、とても手に負えないやんちゃな子供で、いつもいたずらやケンカばかりをしていたという。

 

10歳の頃に、祖母のに連れられ、国戯劇学院に連れて行かれる。

京劇子役たちの訓練を見学し、興味を持ち、入学を決意する。

 

そして8年間にわたって、サモは京劇の基礎を叩き込まれる。

ここで、朱元龍なる芸名をもらい、優秀であった彼は「七小福」のリーダーに選ばれた。

 

1973には、尊敬するブルース・リーに声をかけられ『燃えよドラゴン』で共演を果たす。

 

その活躍の場の功夫映画も、ブルース・リーの死とともにブームは衰退の道をたどる。

サモはそんな中でいくつかの映画に武術指導として参加していた。

 

その後サモは、尊敬するブルース・リーへのオマージュとして功夫コメディー『燃えよデブゴン』を製作する。

体型からは想像もつかないキレのあるアクションを繰り出し、当時コメディー映画が市場を占めていた香港映画界に、新たな分野を打ち出すことに成功した。

 

サモは盟友のジャッキー・チェンと共に、時代のニーズを先読みし、新時代のアクションを確立していった。

誰もがなしえなかった、体を張った危険なスタントやアクションを次々と提案し、それをこなしていった。

以降、サモは様々なアクション、コメディなどのヒット作品を生み出していった。

 

1980年代半ばに入ると、彼は中国の古くから伝わる妖怪、キョンシーを題材にし、新たに香港映画界にホラー&キョンシー・ブームを生み出した。

また豪華な俳優陣を迎えたオールスター・キャスト作品を打ち出した。その最初の作品が『五福星』である。

当時、アジアでトップスターになっていたジャッキーも参加し、興行的に大ヒットした。

 

ジャッキーの自伝に拠れば、兄貴肌で下の者の面倒見は良かったが、独裁的でわがままな所があったためジャッキー本人とは衝突が絶えなかった。

 

ユン・ピョウのへそくりをめぐりジャッキーとサモが喧嘩になったときは「お互いのパンチもキックも見えないほど速くて、見る見る両者の顔が腫れていった」と語られるほど2人は喧嘩でも腕自慢であったようだ。

 

それ、映像で見てみたかったですね。

 

映画『無問題』ではお笑いコンビ、ナインティナイン岡村隆史と共演してましたね。

 

ジャッキー・チェン、ユン・ピョウ、サモ・ハン・キンポーは、もんちのアイドルでしたね。

 

また、三人揃ったところを見てみたいです。

 

 

本日が皆様にとって、人生最幸の一日になりますように😍

 

 

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