おはようございます!
誰かが言った『それは難しいよ』は一切気にしねえ
だってそいつはオレじゃねえ
判断基準はいつだってオレができると思うかどうかしかねえ
#武井壮
7月20日
今日は、『月面着陸の日』
1969年、アポロ11号が初めて月面に降り立った日
「この一歩は小さいが、人類にとっては大きな飛躍である」
本日のお誕生日
緒形拳さん、間寛平さん、松坂慶子さん、鈴木聖美さん、小川範子さん、児島玲子さん、はなわさんなどなど
もんち的には、ア〜メマ!の間寛平さんのお誕生日
本日お誕生日の方々、おめでとうございます
㊗️㊗️㊗️㊗️㊗️
本名『間重美』
「寛平」の芸名の由来は、カンペをチラ見してしまうことに由来。
当初は「貫平」だったが、尊敬する喜劇役者・藤山寛美にあやかって字を変更した。
人柄が良く、芸人仲間や後輩からも信頼される。明石家さんま、島田紳助、村上ショージ、ダウンタウン、雨上がり決死隊も今もって若手の頃に良くしてもらったことを感謝している。
特にさんまは当時大忙しだったにもかかわらず、寛平がスパルタスロンマラソンを走る番組で、「兄さんのためなら」と付き添いのために、無理やり10日間スケジュールを開けたことがある。
100万枚を超える大ヒット曲となった「ひらけ!チューリップ」だが、受け取った印税は全部で24万円だったと述べている。
生来、お人好しと無知が災いして次々と他人の借金の連帯保証人になってしまう。
付いたあだ名は「歩くハンコ屋」。
他にアメマバッジの失敗により6000万円の借金を背負う。
この後、バッジを製作した会社から費用の不払いのため訴えられて裁判沙汰となる(通称「アメマ裁判」)。
この口頭尋問で、裁判官から「『アメマ』とは何ですか?」と訊かれ、「『ア~メマァ~』です」と答えたら、再び「ですから、『アメマ』とは何ですか?」と訊かれたため、再度「『ア~メマァ~』です」と答えた。
このやり取りが尋問中、何回も繰り返され、法廷内全体を爆笑させたのは裁判でも過去に例がない語り草となっている。
TV進出のきっかけは、当時の出演番組がABCラジオの『ポップ対歌謡曲』(週1本のレギュラー)しかなく、さんまとの会話で「兄さん、そのギャラじゃアメマの借金返せまへんやろー!」と言われたことがきっかけで、さんまが出演しているテレビ番組に共演するようになったことである。
アメマバッジの作成や連帯保証人として長年にわたって請け負った全ての負債を完済して安堵したのも束の間の数日後、阪神・淡路大震災が発生し宝塚市に建てたばかりのマイホームを失ってしまう。
地震保険にも加入していなかったため家の再建費用などで、その後もまた債務を負うことになった。
2008年(平成20年)- 12月17日に大阪をスタートして2年以上かけてマラソンとヨットで世界一周する「アースマラソン」に挑戦する。
2011年2年1か月のアースマラソン4万1000kmにも及ぶ長い旅を終え、なんばグランド花月に午後8時40分ゴールインし、先輩や後輩芸人、家族に囲まれて祝福された。
この様子は2時間生放送特番を組まれた。
番組のしめ言葉は本人とNGK内にいた全員での「アメマ」であった。
もともと寛平がマラソンを始めた理由は、心臓疾患の治療のためであったが、マラソンを続けているうちに心臓疾患を克服したばかりか、心臓の強さが陸上選手並みになったという。
忌野清志郎さんとも仲が良かったのも有名でしたよね。
アメマの借金と、マラソンの印象が強いが、見た目から分かる人柄の良さとから芸能界に長く存在してるんだな〜って思われます。
さんまさんの助けもあって、まだまだ活躍されそうで、今後も楽しみですね。
本日が皆様にとって、人生最幸の一日になりますように😍
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