もんち 人生迷走中

もんちです 毎朝、その日の名言と、その日、お誕生日の有名人の紹介 などなど 日々の出来事も書きます 宜しくお願い致します

10月16日 今日は人生最幸の日

おはようございます!

 


何でも思い切ってやってみることですよ

どっちに転んだって人間

野辺の石ころ同様

骨となって一生を終えるのだから

 

#坂本龍馬

 

 

 

10月16日

 


今日は、『世界食糧デー』

 


開発途上国等での栄養失調や飢餓について考える日

 

 

 

本日のお誕生日

 


ティム・ロビンスさん、土屋久美子さん、阿川泰子さん、林寛子さん、石川亜沙美さん、佐藤亜美菜さん、瀧本美織さんなどなど

 


もんち的には、ドラえもんの声だった大山のぶ代さんのお誕生日

 


本日お誕生日の方々、おめでとうございます

㊗️㊗️㊗️㊗️㊗️

 

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大山のぶ代

 


本名、山下羨代(旧姓:大山)

 


子供のころより特徴的な声のせいでいじめられてることもあり、引っ込み思案になっていたところに母が「黙ってばかりでは弱くなるからどんどん声を出して聞き取りやすい声の出し方や話し方を覚えるように」と言われた。

 


中学で応援部に入ろうとするも女性を理由に断られ、放送研究部に入ってアナウンスをやったりラジオドラマを作って流したりしていた。

 


周りからは担任教師始めやめるように言われたが1か月経つと何も言われなくなり、演劇部に誘われて初舞台でシンデレラの継母役を演じた。

 


高等学校2年生の時に、母親が子宮癌により死去。

 


母の死後、独身で子供もいない中で生きていくため手に職をつけるため、演劇の道に進む。

 


1956年、NHKドラマ『この瞳』で俳優座養成所の同期の冨士眞奈美と共にデビュー。

当時から冨士とはとても仲が良く、冨士が大山のアパートに転がり込んで4年半ほど一緒に同居していた。

 


声優業は1957年『名犬ラッシー』の吹き替えでデビュー、1965年『ハッスルパンチ』にて初主演。

 


代表作である『ドラえもん』のドラえもん役は1979年から2005年まで26年間演じた。

 


代表作である『ドラえもん』のドラえもん役は1979年4月から2005年3月まで26年間演じた。

 


大山がドラえもんを演じた作品は2作目のアニメ版にあたり、第1作にて富田耕生を継いだ野沢雅子の後任にあたる。

 


野沢雅子さんもドラえもんの声をされてたんですね。

 


サザエさん』で初代磯野カツオ役を演じたが、番組開始後2ヶ月半ほどで降板しているため、大山がカツオの声を担当していたことはほとんど知られていない。

 


2001年に直腸癌が発見され、手術で除去した際に悪性であることが発覚した。その際に長期入院が必要となったためすべての取材と出演の仕事をセーブしたが、子供たちに夢をどうしても与えたいという強い思いからドラえもんのアフレコの仕事のみ一切休むことなく体調の様子を見ながら、退院までの間アフレコに必要な機材を病院内に持ち込んだ上で、スタッフに見守られながら病室で収録に挑み、見事にいつもどおりのドラ声を演じきったという。

 


しかし、直ぐに交代することはなく退院・完治後の4年後となる2005年の降板となった。

 


2012年秋にアルツハイマー認知症との診断を受ける。

 


2017年、夫の砂川が亡くなった時、葬儀所で棺の中の砂川と対面したものの、すぐに棺から離れ、その場を去ったという。

 


その後、老人ホームで、小林マネージャーが通って大山の面倒を見ている。

 


小林マネージャーは夫妻の闘病や介護に関する手記「大山のぶ代は夫の棺に涙ぐんだ」を寄稿した。

 


大山の認知症は進行しているが健康状態は良く、体調も回復。

砂川が他界したという事実を大山がどの程度理解できているのかは定かではないものの、時々砂川のことを思い出している様子もあるという。

 

 

 

もんち的には、ドラえもんの声は大山のぶ代のイメージが強いです。

 

 

 

本日が皆様にとって、人生最幸の一日になりますように😍

 

 

 

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