もんち 人生迷走中

もんちです 毎朝、その日の名言と、その日、お誕生日の有名人の紹介 などなど 日々の出来事も書きます 宜しくお願い致します

12月28日 毎日が記念日

おはようございます!

 


人生に対して

もっと大きい信頼を寄せているなら、

おまえたちはこれほど瞬間に

身を委ねることもないだろうに。

 

#ニーチェ

 


12月28日

 


今日は、『シネマトグラフの日』

1895年のこの日、フランスで世界初の映画であるシネマトグラフで、初の商業公開が行われた

 


本日のお誕生日

 


渡哲也さん、藤波辰爾さん、藤山直美さん、トータス松本さん、寺島しのぶさん、岡田唯さんなどなど

 


もんち的には、ボスこと石原裕次郎さんのお誕生日

 


本日お誕生日の方々、おめでとうございます

㊗️㊗️㊗️㊗️㊗️

 

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石原裕次郎

 

 

 

兵庫県神戸市須磨区で生まれ、北海道小樽市、神奈川県逗子市に育つ。

 


兄は政治家で小説家の石原慎太郎

 

 

 

大学在学中から、俳優を目指し東宝大映、日活のオーディションを受けるも全て不合格。

しかし1956年に、映画プロデューサー水の江瀧子と兄・慎太郎の推薦があって、慎太郎の芥川賞受賞作『太陽の季節』の映画化の端役で映画デビュー。

 


太陽の季節』に続いて製作された、同じく慎太郎原作の映画化作品『狂った果実』では、後に妻となる北原三枝を相手役に主演。

 


その後は歌手・俳優として活躍し、主演映画が連続ヒットし、瞬く間に昭和を代表する日本最高のスターの一人となった。

 


1963年に石原プロモーションを設立。

1970年代以降は映画から離れ『太陽にほえろ!』、『大都会』などテレビドラマで活躍した。

 


1967年 - 映画黒部の太陽撮影時に出水事故に合う。意識を失い、右手親指を骨折し、指の指紋は全部消え、左足を激しく痛めるなど、大怪我をした。

 


1971年 - 心労と胸部疾患(後に急性肺炎→肺結核と判明)のため映画宣伝中に入院。

 


1978年 - 舌下潰瘍のため入院・手術。

その後悪性腫瘍(舌癌)との診断を受けたが、石原本人には告知されなかった。

 


1981年4月 - 『西部警察』のロケ撮影中、背中と胸に激痛が走り慶應義塾大学病院に緊急入院。当初椎間板ヘルニアが疑われたが、その後解離性大動脈瘤と診断され(後に右耳が難聴となる)大手術を決行。

生還率3%と言われたが、手術後、奇跡的な回復を遂げ無事退院。

 


1984年 - 肝臓癌が発覚し、倦怠感・腰痛の末、原因不明の発熱にいたる

 


1987年- ハワイから急遽帰国、直後に慶應義塾大学病院へ検査入院。

その後一旦退院した(カテーテル治療)ものの、3日後に再入院、容態悪化(高熱)、ついには幻覚症状(肝性脳症)を発する。

 


その後意識不明の状態が続き、7月17日死去。

享年52歳。

 


豪快に人生を楽しんでおられたイメージでしたが、本当に怪我と病気と闘った人生だったと知りました。

 


お墓に書かれている言葉。

 


美しき者に微笑を、淋しき者に優しさを、逞しき者に更に力を、全ての友に思い出を、愛する者に永遠を。心の夢醒める事無く。

 

 

 

本日が皆様にとって、人生最幸の一日になりますように😍

 

 

 

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