おはようございます!
私はイチゴクリームが大好物だが
魚はどういうわけかミミズが大好物だ
だから魚釣りをする場合
自分のことは考えず
魚の好物のことを考える
5月15日
今日は、『沖縄復帰記念日』
ストッキングの日でもある
本日のお誕生日
瀬戸内寂聴さん、伊丹十三さん、美輪明宏さん、美川憲一さん、江夏豊さん、藤原竜也さん、南明奈さんなどなど
もんち的には、浪速のジョーの辰𠮷𠀋一郎さんのお誕生日
辰𠮷𠀋一郎
1989年9月29日、プロデビュー(6回戦)。韓国の国内ランカー崔相勉を2回KOに降す。
辰吉の前評判は高く、日本人ランカー全てにオファーを出したが拒否された。
1990年6月28日、3戦目。
WBCインターナショナルバンタム級王者サムエル・デュラン(フィリピン)とノンタイトル戦を行い、7回KO勝ち。
同年9月11日、4戦目で日本王座初挑戦。
日本バンタム級王者岡部繁を4回KOに降し、王座獲得に成功。
1991年9月19日、世界初挑戦。WBC世界バンタム級王者グレグ・リチャードソン(米国)に挑む。アマで275戦、プロで33戦のキャリアを誇る王者相手に終始優位に試合を進め、10回終了TKO勝ち。
念願の世界チャンピオンになる。
しかし、1993年、網膜剥離が判明。
日本ボクシングコミッションルールにより試合ができない身となり、事実上引退の危機に(暫定王座も返上)。
1994年7月2日、JBC管轄外のハワイで復帰戦を強行。4月にWBC世界バンタム級王座に挑戦したホセフィノ・スアレス(メキシコ)を3回KOに降す。
現役続行が許可されたことで、同年12月4日、WBC世界バンタム級正規王者薬師寺保栄との統一戦が実現。
この試合は彼のキャリアの中でも最大の注目を集め、圧倒的優位を予想されたが、フルラウンドにわたる死闘の末、12回判定負けを喫し暫定王座から陥落。
この時の敗因は後のインタビューによると、1ラウンド序盤に放った左ストレートが薬師寺の頭部付近に当たった際、骨折。以降なかなか左が出なくなり、セコンドから左を出すように言われても「骨折れて出んのじゃボケ!」と思う程の状態で試合を続行した為という。
49歳の今でも現役として、トレーニングを続けている。
2015年には次男・辰吉寿以輝が大阪帝拳ジムからプロボクサーとしてデビューした。
身長より14センチも長い腕を振り回し、相手を挑発するスタイル、好きだったな〜〜
試合も見に行ってました。
本日が皆様にとって、人生最幸の一日になりますように〜😍
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